最低限チェックすべきラッパー:E

ABC順で紹介している最低限チェックすべきラッパーシリーズ。
Aは アトライブコールドクエスト
Bは ブラックアイドピーズ
Cは COMMON
Dは DE LA SOULと DR.DRE

そして今回紹介するのはE

Eminemだ。

 

エリックサーモンも候補にあがったが、ドープ過ぎるので最低限チェックすべきラッパーの後にチェックしてく!

ポップスターでもありヒップホップスターのエミネム

 

Eminem(エミネム、本名:マーシャル・ブルース・マザーズ3世、Marshall Bruce Mathers III、1972年10月17日)

身長は173cmだ。映画やPVを見るともっと小さく見えるが173センチ。

1996年に自主制作アルバム『インフィニット(Infinite)』をリリース。ナズやAZの影響を受けたこの作品はあまり注目されず、70毎年しかうれなかったという。

 

これは意外だった。70枚しか売れないというのはエミネムにも下積み時代があったという証拠だ。

 

頭角を表したのは1997年、自主制作テープ「ザ・スリム・シェイディ EP(The Slim Shady EP)」が2万枚の売り上げを記録、ロスで行われたラップ・オリンピックに参加し準優勝した。

 

注目されつつあったエミネムは、翌日、西海岸のヒップホップ・ラジオ・ショー「フライディ・ナイト・フレイヴァス」に出演しフリースタイルを披露。

ヒップホップ界の大物であり名プロデューサーのドクター・ドレーに見出され、ドレーのレーベル、アフターマス・エンターテインメント(Aftermath Entertainment)と契約し、1999年に「ザ・スリム・シェイディ EP」をベースにメジャー・デビューアルバム『ザ・スリム・シェイディ LP(The Slim Shady LP)』をリリース。

 

米ビルボードチャートで最高位2位、いきなり全世界で600万枚を超えるセールスを記録し「グラミー賞最優秀ラップアルバム部門」受賞。
一気に スターダムにのし上がった。

 

2作目のアルバム『ザ・マーシャル・マザーズ LP』は2000年に発売。発売から1週間で179万枚を売り上げ、ソロシンガー又はヒップホップミュージシャンによるアルバムの世界最速最多売上記録としてギネスブックに認定される。

 

最終的に前作を遥かに凌ぐ1700万枚以上売り上げたが、収録曲「ザ・リアル・スリム・シェイディ(The Real Slim Shady)」では、歌詞にウィル・スミス、ブリトニー・スピアーズの名前が挙がり、訴訟騒ぎにもなる。

 

 

自身のアルバム制作以外では、地元デトロイトの仲間とともに結成したヒップホップ・ユニット、D12(ディー・トゥエルブ)に参加。

「ビッグになったらまた組む」とした盟友との約束を果たしている。2001年6月に発表されたD12のデビュー・アルバム『デビルズ・ナイト(Devil’s Night)』は、初登場1位を記録した。

 

そして日本に最初のフリースタイルバトルのブームを巻き起こした!といっても過言ではない8mileが大ヒット!!

 

 

2002年、3作目のアルバム『ザ・エミネム・ショウ』の発売と相前後して半自伝的映画「8 Mile」に主演。

 

主題歌「ルーズ・ユアセルフ(Lose Yourself)」で2003年度アカデミー歌曲賞を受賞。

 

2005年8月、突如体調不良から公演をキャンセル。睡眠薬の過度服用及び依存症治療のための入院が原因とされ、2009年まで薬物依存症は克服できていない。 精神病院に強制入院させられ、閉鎖病棟に隔離されていた

 

2006年4月11日未明、地元デトロイトのナイトクラブで彼のユニットD12のメンバーであったプルーフ(Proof、本名:Deshaun Holton)が、口論の末、頭や胸に4発の銃弾を受け死亡する事件が起きた。エミネムは「プルーフが俺をプッシュしてくれたお陰で今の俺がいる。アイツがいなかったら今のマーシャル・マザーズはいないしエミネムも勿論スリム・シェイディも存在しない。(中略)アイツは俺の一番の親友だった…そしてこれからも。」とのコメントを残し、プルーフの葬儀では目を赤く腫らし泣いていた。その後、彼は腕にプルーフの名前をタトゥーとして入れている。

エミネムは数々の過激なパフォーマンスだが人情深く仲間思いの性格だ。

 




その後もコンスタントに活動し、ヒット曲を数多く発表している。

エミネムはとにかくリリックを書く事で有名だった。レシートの後ろにも書くし映画8Mileでもあったがバスの中でもリリックを書いていた。

そういった日常の積み重ねが凄まじいライムの連打を可能にしているのだろう。

 

 

アメリカのヒップホップは圧倒的に黒人優位と言われていたが、白人であるエミネムがここまで成功したのは革命的であった。

人種は関係なくヒップホップは愛されていると証明したMCの1人である。