最低限チェックすべきラッパー:F

最低限チェックすべきラッパーシリーズ。
今回はF

フージーズ(The Fugees)だ。

アメリカの3人組ヒップホップ グループ。1990年代半ばに人気を博し紅一点ローリンヒルは魅惑のカリスマ。凄まじい存在感を放つ。

フージーズ
Fugeesの活動期間は 1992–1997, 2004–2006

メンバーは
ローリン・ヒル
ワイクリフ・ジョン
プラーズ

フージーズの楽曲は、ヒップホップを中心として、そこにソウルやカリブ系音楽(特にレゲエ)の要素を取り入れている。

独自の土臭さにローリンヒルが花を咲かせる。上質な土じゃないと良い花は咲かないとでも言うような楽曲が多い。シンプルかつグルービー。

メンバーは、ラッパー/歌手のワイクリフ・ジョンがリーダーを務め、同じくラッパー/歌手のローリン・ヒル、そしてラッパーのプラーズ。ワイクリフ・ジョンとプラーズのルーツはハイチにあるが、ローリン・ヒルはニュージャージー州 サウスオレンジの出身である。

グループの名は、「難民(refugee)」に由来する。

グループ最初のアルバムは『ブランテッド・オン・リアリティ』であり、そこから2枚のアングラヒット・シングル「ナッピー・ヘッド」と「ボキャブ」が発表されたが、アルバム自体は普段から彼らの生のパフォーマンスを目にしてきたファンたちを満足させるには至らなかった。

 
それに続いて発表されたアルバム第2弾『ザ・スコア』が、1996年最高の売上げを記録した1枚となった。

フージーズの特徴は、思いもよらないような曲をカバーしたり、珍しい音源からサンプリングをすることである。例えば、『ザ・スコア』の中には、ボブ・マーリーの「ノー・ウーマン・ノー・クライ」や、ロバータ・フラックの「キリング・ミー・ソフトリー(ウイズ・ヒズ・ソング)」(邦題「やさしく歌って」)のカバーが収められている。

1997年、グラミー賞において、『ザ・スコア』がベストアルバム賞を、その中に収められているシングル「キリング・ミー・ソフトリー・ウイズ・ヒズ・ソング」がベストR&Bグループ賞を獲得し。

これ以降、フージーズはソロ活動を優先させていった。

ローリン・ヒルは、ソロアルバム『ザ・ミスエデュケーション・オブ・ローリン・ヒル (The Miseducation of Lauryn Hill)』が絶賛!

ワイクリフ・ジョンは、キャニバス、ディスティニー・チャイルド、カルロス・サンタナなどの数多くのアーティストたちのプロデュース活動を行いながら、自身のソロアルバム第1弾『カーニバル』を発表した。

またプラーズは、マヤやオール・ダーティ・バスタードと共に、ウォーレン・ベイティとハル・ベリー主演映画『ブルワース』のサウンドトラック曲「ゲト・スーパースター」を発表した。互いにソロ活動を成功させていくにつれ、グループとして活動が難しくなっていく。メンバー同士の不仲説が解散理由として噂されているが、詳しくは不明。

2004年9月18日、ニューヨーク州ブルックリン区ベッドフォード・スタイベサント地区で開催され、映画『デイブ・チャペルのブロックパーティ』にその模様が収められているコンサートにおいて、フージーズが再結成を果たした。

映画「ブロックパーティー」はB-BOYだったら絶対にチェックすべき映画である。

そのコンサートには、他にも、カニエ・ウェスト、モス・デフ、ジル・スコット、エリカ・バドゥ、ザ・ルーツ、タリブ・クウェリ、コモン、ビッグ・ダディ・ケイン、ビラル、デッド・プレズ、コディ・チェストナット、ジョン・レジェンド、セントラル州立大学の楽隊など、錚々たる顔ぶれが登場。パフォーマンスの評価は上々であり、特にローリン・ヒルが殆どアカペラで歌い上げた「キリング・ミー・ソフトリー」が賞賛を集めた。チャペルは、映画を完成させるために、「ブロックパーティ・オールスターズ・フィーチャリング・デイブ・チャペル」の名で、2月〜3月にかけて、複数の都市での巡業を行った。

2005年~2006年に彼らは精力的にツアーを行ったりリリースしたりした。

今後フージーズがまた再結成して活動するかどうかはわからないが、ソロとしての活動はあるだろう。
フージーズとしてのバックボーンがあるので、ソロ活動も骨太であり続けるように感じる。

ローリンヒルも去年2016年来日し歌ったし、まだまだ歌い続けるだろう。

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