の凄さとは?

日本のHIP HOPで本当の意味で先駆者といえばライムスターと言っても過言ではない。

ラップを日本に最初に持ち込んだのがYMOといわれるが、RAPを取り入れたYMOサウンドを展開したのであってHIP HOPではない。

いとうせいこうがやはりJAPANESE HIP HOPの先駆者といえるが、それに影響をされて、30年以上とまらずに!今もなおやり続けているのがRHYMESTERだ。

ライムスターは宇多丸とMummy-Dの2MCと DJ JINからなるHIP HOP GROUP。

宇多丸(うたまる、本名:佐々木 士郎〈ささき しろう〉1969年5月22日 )

Mummy-D(マミー・ディー、本名:坂間 大介〈さかま だいすけ〉)1970年4月14日

DJ JIN(ディージェー・ジン、本名:山本 仁〈やまもと じん〉、1973年3月24日




1989年、「早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシー」にて、当時2年生であった佐々木士郎(現・宇多丸)と新入生として入部してきた坂間大介(現・Mummy-D)がRHYMESTERを結成。

ライムスターは頭がよいなあ

そう思っている人は多いはずだ。

ライムスターは実際に頭が良い。

早稲田大学出身

というのが証拠ともいえる。

 

1993年、アルバム『俺に言わせりゃ』でデビュー。同年EAST ENDやMELLOW YELLOWらと共にヒップホップコミュニティFunky Grammarを結成。

何と1993年に既にアルバムを発表していた。

ネットなどない時代に情報を収集してCDを作ったのだろう、、凄い事だ。

 

1995年にもアルバムを作り、

1998年に発表されたシングル B-BOYイズムはJAPANESE HIP HOPを代表する名曲だ。

1999年に発表したアルバムにも収録されている曲

 

 

2001年に活動の場をメジャーへと移し、Ki/oon Records内レーベルNeOSITEからアルバム『ウワサの真相』リリース。

2007年3月31日に初の日本武道館ライブを開催。公演後には活動休止を発表。

グループ休止中の間、宇多丸はテレビ・ラジオのレギュラー出演や雑誌連載、DJ活動を行い、Mummy-DはSUPER BUTTER DOGのギタリスト・竹内朋康とのユニット、マボロシとしての活動、楽曲提供・リミックス制作など。DJ JINはDJ活動、楽曲提供・リミックス制作などでそれぞれ活動していた。グループとしても、他アーティストのライブやイベントにゲスト出演をしていた。

2008年2月10日に行われた『第2回「火の国音楽祭」〜ライムスターがライブしにやってくる。』で約1年ぶりにライブ活動を再開。

その後もグループ、ソロ活動と活躍し続けている。

 

RHYMESTER

『The Choice Is Yours』

名曲ばかり!!

 

様々な有名アーティストとコラボレーションしているのもライムスターと特徴だ。

様々なジャンルのビートにも柔軟に対応するラップは流石としかいえない。

ライムスターの凄さとは

・とまる事なく30年以上やり続けている

・様々なアーティストとコラボしている

・頭がよい

・各々が多方面で活躍している

・ライブがすごい!

などだ。




ちなみにMummy-Dは、RHYMESTERだけでなくマボロシのMCであり、俳優(役者)もこなす。

プロデューサーとしても良い曲を作る。トラックメイカーとしてはMr.Drunk名義で活動している。

弟は同じくヒップホップMCのKOHEI JAPAN。

 

宇多丸はアイドル評論家や映画評論家、クラブDJ、ラジオDJとしても活動!
東京都港区生まれ、文京区千駄木育ち。巣鴨中学校・高等学校、早稲田大学法学部卒業。

DJ JIN(本名:山本 仁(やまもと じん)も、プロデュース業やDJ PLAYに定評がある。
神奈川県横浜市出身。早稲田大学に入学し、「早稲田大学ソウルミュージック研究会ギャラクシー」に在籍し、16代部長を務めた(第12代部長が宇多丸で、第13代部長がMummy-D)。

DJ JINも頭がよい、たまにRAPするのも味があってよい。

 

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