Coccoの凄さ、こんな時代だからこそ魂の歌を聞こう

ヒップホップの視点ではなく、おすすめの音楽として人に勧めたいアーティストは数多くいるが、万人に受けるかどうかわかないアーティストもいる。

お勧めはしないけど知らないなら少し聞いてみなよ。。

そんなアーティストがコッコだ。
ポップスだが影がある、しかし芯が強い。
単にお勧めできるアーティストは多いがコッコをお勧めするには勇気がいる、時間がかかる。。そんな複雑なアーティストなのだ。

大人の女性が持つ本音を表現した衝撃的な歌詞と、それとは対照的な温かさを感じるメロディや本人独特の感性とキャラクターで人々の注目を集めるCOCCO。

音楽以外にも、絵本やエッセイや小説の執筆、映画や舞台への出演などその活動は多岐に渡り、さまざまな分野でその才能を発揮する。独特な感性は常人には理解し難い部分もあるのかもしれない。

独自な生き方、独創的な歌詞、華奢すぎる肉体。

魂をそのまま削って歌っているようにも見える。

Raining Cocco

Cocco – やわらかな傷跡

焼け野が原 Cocco

Cocco – 強く儚(はかな)い者たち  【VIDEO CLIP SHORT】

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コッコのエピソードとして有名なのはミュージックステーションで番組途中で逃げ出すように帰った。というエピソード。

COCCOは生放送で、完璧に歌い上げそのまま「逃げ出すように」駆け去ったのは事実。
それが演出なのかはわからない。

歌い終わった時点で、仕事は完了したので、逃げ出したわけではなく、走ってスタジオを飛び出していった。
その時に半分笑みをこぼしていたので、泣きながら逃げた!わけではない。

一部の噂ではコッコは泣きながらミュージックステーションを逃げた、、と言われていたがそうではない。

Coccoの歌う姿は人々の心を鷲掴みにして離さない。

人間のもつ激しい感情を抑えがちな世の中になっているがコッコは剥き出しにしている。しかし、怒りや憎しみを剥き出しすのではなく、切なさや悲しさ喜びを表現しているように思える。

歌詞も一見したら意味不明だが考えさせる歌詞であり、強さの活力になる。

締め切りの為に曲を創のではなく、表現したい時に曲を出して、披露する。これこそが本来あるべき音楽家の姿ではないか。

またコッコはとあるライブでこう語った。

「みんながCoccoの歌で救われたとか元気になったって言ってくれるから、自分の歌に力があるって思っちゃってた」と語り、「でも、歌に救われたって思ってくれるのは、それを拾い上げる人の力があったからなんだと思う」と、涙を流しながら言った、そして、「何かのためだとか、誰かのためだとか、恩着せがましいことじゃない、ただ歌えばいいんだね」と結び、「立ち会ってくれてありがとう」と何度も何度も感謝の気持ちを言葉にした。」

ただ歌えばよい。
今の時代これが中々できないのが事実、売上やダウンロード回数、PVの再生回数など常に気にして一般の音楽評論家から評価されるからだ。

それをただ歌うスタンスのコッコはやはり独創性がある。

ミステリアスで謎が多いCoccoは、2003年の写真週刊誌「FLASH」で、「もうすぐ3歳になる息子と沖縄で暮らしている」と、報じられている。

Cocco自身は公表していないが、この情報が正しければ、妊娠・出産は2000年頃。2001年以降の活動休止は、育休の可能性が高い。

息子は、是枝裕和監督がCoccoに密着した2008年公開のドキュメンタリー映画「大丈夫であるように」や、2012年のCocco主演映画「KOTOKO」に出演しているが、名前などは一切明かされていない。

Coccoは、左手の薬指に指輪をしていた時期があったが、結婚した夫というのはいないようで、息子は未婚出産だったのではないかと見られている。

何らかの事情で未婚の母なのかもしれない。

息子の父親については、音楽関係者だとか、すでにこの世にはいないだとか、さまざまな憶測が飛び交ってるが全く謎に包まれたままだ。

命を大事にするコッコ、何かの拍子で子供ができた。
未婚ならば流す可能性だってあるはずだ、しかししっかりと産み育てたのはコッコの内面からくる優しさだったようにも思える。

デビュー当時は作詞も作曲も勉強したことはなく、譜面も書けないし楽器も弾けなかったコッコ。

だからシンガー・ソングライターになるとは考えたこともなかったという。

デビュー当時は楽譜すら読めず、自分の考えをプロデューサーなどに伝えるために絵などを持ち込んでイメージを伝えていたという

2001年4月に11thシングル「焼け野が原」と4thアルバム『サングローズ』をリリースすると突然音楽活動の休止を宣言、4月20日のテレビ朝日系「ミュージックステーション」出演を最後に、表舞台から姿を消す

004年、尾崎豊のトリビュート・アルバム『”BLUE” A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI』に「ダンスホール」で参加。

活動休止後、最初の歌手活動となる。同年、くるりのヴォーカル岸田繁らと共にバンド「SINGER SONGER」を結成し、2005年5月にシングルとアルバムをリリースした。

Singer songerもかなり良い曲が多いのでチェックすべきだろう。




説明のない歌詞、惹き付けるメロディは多くのアーティストにも影響を与えている。

意味を無理矢理揃えようとしたり、綺麗な言葉を並べたり、説明的になる歌詞は多い。

Coccoの音楽を聞くと感じる事がある。

音楽はもっと自由だ。人生は自由で、凄まじくでかい。

自然がありがたい。

全てが一つになる感覚になる。

もちろんコッコに魅力を感じない人もいるのはわかる。独創性が強いので万人受けしないのだろう。

だから今回はコッコのエピソードや経歴を紹介しつつコッコのミュージックをきくと独特な感情になる事を書いた。
独特な感情は強いて言うならば「余情」とでも言うべきかもしれない。

不思議なアーティストだ。

やはり音楽は理屈じゃないのだろう。
HIP HOPも理屈じゃない。
ヒップホップはジャンルや曲調でおちゃらけた印象になりがちだが、魂の籠った理屈じゃない曲は多い。

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