埼玉注目のラッパー

​Japanese B-BOY POST 

第6刊 埼玉の注目すべきラッパー

前回も記したが全都道府県に言える事だが、どこどこのHIP HOP はこうだ!

とか一言では片付けられない。

今回紹介する埼玉県の注目したいラッパーも例外ではなく、様々なスタイルやシーンがある中の、注目すべきラッパー達を紹介したい。
埼玉のラッパーとネット検索をするとトップには映画”サイタマノラッパー”がでてくるが、これは映画なので出演しているartistは埼玉出身ではないartistが多い。
印象としては埼玉のラッパー達はこぞって池袋や新宿、六本木で活動しているラッパーが多い。

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静岡の注目ラッパーは?who’s  next?

​神奈川と愛知に挟まれた

静岡のHIP HOP、、

ピンとこない?いやいや多種多様なスタイルが入り交じり静岡各地でサイファーやイベントが行われている。 ラッパーも層が厚く驚く程の実力者揃い。
どの県にもいえる事だが、他の県にはない独自の味がある、それは静岡県全土のボーダレス感にあり県民性が現れている音楽表現も多々見られる。

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ECDが2枚組ベスト盤を出す!感動的ですらある。 

​中年でHIP HOP好きな人なら「石田のオヤジ」といえばECDとすぐわかる。
ECDの2枚組ベスト盤『21世紀のECD』がリリースされる!!
これは驚いた!!ラッパーのECDさん。年齢はもうすぐ57歳!!?
 
もはや高齢ラッパーだ

客演や未発表曲も収録されているとのこと!

ECDのベストアルバム『21世紀のECD』が、3月2日にリリースされる。
昨年9月に進行性のがんであることを公表したラッパーのECD。

1996年には東京・日比谷野外音楽堂でヒップホップイベント『さんピンCAMP』のプロデュースを手掛け、2003年にCCCDへの不満からメジャー契約を解消して以降は、インディーズから作品を発表している。

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千葉県注目のラッパー

Japanese B-BOY POST
第5刊 千葉の注目すべきラッパー

全都道府県に言える事だが、どこどこのHIP HOP はこうだ!
とか一言では片付けられない。

ひと昔前までは横浜のHIP HOP はウェッサイ中心だ。。。とかそんな”くくり”もあったかもしれない。もちろんそんなくくりはなく、様々なスタイルのラッパーや選曲などがあった。

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東京注目のラッパーは?

Japanese B-BOY post

日本の主都であり流行や経済の中心地「東京」
そこから発信されるHIP HOPがJapanese HIPHOP では重要な役割を果たす。

夏に開催されるB-BOY PARKや有名なMC Battle(例えばUMB、戦極)の決勝は東京で開催される。

地方出身で地方をレペゼンしてても、東京で活動しているB-BOYは多い。
生粋の東京生まれHIP HOP 育ちの奴が東京のHIP HOPPERと言えるが、地方生まれでも引っ越しを繰り返している奴も多い、そこで自分で「レペゼン東京」と言っている奴は 、東京のB-BOYと言えるだろう。
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HIP HOP の面白さ

HIP HOP は本当に面白い。
音痴でも歌えるし
楽器ができなくても曲作れるし
絵が下手でもアイデア次第でグラフィティーできるし
踊りには決まりなんかないからね





 そもそも日本語ラップの歴史をざっっと振り返ってみよう。細かく振り返ると奴がいる、、じゃなくて!細かく振り返ると書籍になってしまうのでざっっと。

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デブラージ死亡、、死因とは?どんな死因でも悲しすぎる。

デブラージから日本語ラップの伝説は始まった、、といっても過言ではないだろう。

HIP HOPには色々定義があるが、「常識」「定義」「固定概念」「社会規範」「お手本」「教科書」それらのお堅い言葉を跳ね飛ばす力がある。

HIP HOPに救われた人生の者はもはや日本でも無数にいる、これからも増える。

それを日本でいち早く証明した一人がデブラージだった。

 

 



現在日本の音楽シーンに当たり前のように馴染んでいる
日本語ラップ
2000年代はJ-popシーンでのランキングに日本語ラップ主体の曲がランクインする事もしょっちゅうだった。今は日本語ラップ主体の曲がランクインする事は少ないが、日本語ラップ愛好家は確実に増え、POPmusicにも日本語ラップを取り入れられ完全に馴染んでいる。
そんな(POPとは違うが)日本語ラップの先駆者であるDev Large (デブラージ)が亡くなった、、そんな悲報が飛び込んできたのが2015年5月4日。
友人でありライバルであるk dub shineのTwitterで悲しみの報告をしたので、日本のB-BOY達はざわついた。
死因などはいまだ不明だが、まだまだ若かった。
1969年生まれなので、おそらく46歳か47歳、本名は今 秀明(こん ひであき)日本のヒップホップミュージシャン、MC、トラックメイカー、プロデューサー、DJ、リミキサー。1990年代にBUDDHA BRANDのMC、リーダーとして活動していた。
渋谷区代々木に生まれ、小学4年生時に親の転勤に伴い、ニューヨークに引っ越す。
1988年19歳で再び渡米。ニューヨークでCQ、NIPPS、DJ MASTERKEYらと出会い、「うわさのチャンネル」(のちに”Numb Brain Buddha Brand”と改名)を結成。
1990年、さらにBUDDHA BRANDと改名し、本格的に活動を開始。



日本語ラップに少しでも精通のあるものならばご存じの名曲
「人間発電所」がb-boy やヘッズの間で大ヒット!日本語ラップの最重要classicsとしてあげられる。

彼らブッタブランドの曲を聞いてラップにはまり、ラップをしたりDJ になったりしたb-boy は数知れない。とにかくデブラージは彼ら自身の曲でも言っているように「記録より記憶残し」たラッパーだ。
死因は今の段階では不明だが、その若さという事は、事故かガンか?心臓や脳の障害か?もしくは考えたくないが自殺か薬物の副作用などの影響か?どちらにしても老衰でない事は確かだ。どんな死因であろうと彼は凄まじい功績を残したラッパーであり、多くの人からRESPECT:尊敬されている事は永久普遍である。


デブラージが曲中で言っていた言葉は
「長くぶっ太く」
しかし、ぶっとく生きる事はできたが、長くは生きられなかった。

本当に残念で仕方がない。

1990年代の日本語ラップシーンは始めバカにされていた。その頃から活動を続けラップが世に認められ始めると、他の若手などのラッパーのスキルアップでDisられる(けなされる)事もあっただろう。

おそらく想像を超える程の苦労や葛藤があったに違いない。

今はrest in peace(レストインピース)安らかに眠ってください。としか言えない。多くの感動をありがとう。

*間違いなく自殺ではないですね。彼くらいの天才ですと、多くの天才がそうしたようにそう思ってしまうもの、
凡人からは想像もできない世界観があります。 
しかし冷静になれば、推定としても彼がそんな事をするとは到底思えませんでした。失礼しました。 

デブラージの死因は癌だった可能性が高いようです。